WEISS博士とは


ワイス博士について

前世療法との出会い


ブライアン・L・ワイス博士は、コロンビア大学とイェール大学医学部を卒業し、
マイアミのシナイ山医療センターの精神科部長をしていました。

 

1980年、キャサリンという女性患者の恐怖症を治療するため、退行療法を用いて恐怖症の原因となった過去の場面に戻したところ、キャサリンは、今世の過去でなく、古代エジプト時代の前世のイメージを思い浮かべたのです。

 

アカデミックな精神科医であったワイス博士は、それまでスピリチュアルなことや生まれ変わりなどをまったく信じていませんでした。

 

しかし、前世退行中に、キャサリンが心臓の欠陥が原因で生まれてわずか23日で亡くなったワイス博士の息子アダムのことや心臓病で死んだワイス博士の父親のこと、娘のエイミーの命名についてのいきさつ等、ワイス博士しか知らないはずの個人的な事柄を話したり、息子アダムがワイス博士に教えたかったことなどを伝えてきたのです。

 

そして何度か前世を確認することでキャサリンの恐怖症は消えていったのです。

 

 

『前世療法』出版の決意まで

キャサリンの治療が終わってからもワイス博士の患者が前世を語るケースがたて続けに起こり、ワイス博士は徐々に精神世界に心を開いていくようになり、最後には前世の存在を確信するに至ります。

 

かなりの年月の間、ワイス博士は、自身の体験を著すことをためらっていました。なぜなら、当時それを出版することはアカデミックな研究の経歴を投げ打つことに等しかったからです。しかし、ワイス博士は、アカデミックなキャリアに終止符が打たれるリスクを冒してでも、この体験を書き、世に送り出すことを決意したのです。

 

 

『前世療法』の出版

キャサリンの最初の前世退行から8年後に”Many Lives, Many Masters”(邦題:『前世療法』PHP研究所)が出版されました。

 

世界中に衝撃を与えたこの本はベストセラーとなりましたが、ワイス博士が考えたアカデミックな世界からの批判は少なく、逆に、一部の精神科医からは自分も同じような経験があるが勇気がなく発表できなかった、よく出してくれたといったような励ましの言葉が届いたそうです。

 

四半世紀を経た今でもこの本は世界中で売れ続けています。『前世療法』には、医師が前世療法を行い、治癒に至った貴重なケーススタディが紹介されています。

 
 

ワイス博士の著書

ワイス博士は『前世療法』出版の後も引き続き前世療法を施療し、その臨床体験をもとに、前世療法関連の著作『前世療法(2)』、『魂の伴侶』、『「前世」からのメッセージ』、『未来世療法』、『奇跡が起きる前世療法』を世に送り出しています。
 
また、三冊のCD瞑想ブック、『ワイス博士の前世療法 (瞑想CDブック)』 、『ワイス博士のストレス・ヒーリング―やすらぎとパワーをあなたに (瞑想CDブック)』、『ワイス博士の瞑想法 (瞑想CDブック)』 が出版しています。それらはすべて日本でも山川 紘矢・山川 亜希子夫妻の翻訳によってPHP研究所から出版されています。

ワイス博士夫妻の活動

ブライアン・ワイス博士はソーシャルワーカーでヒプノセラピストである奥様のキャロル・ワイス夫人と一緒にアメリカのみならず世界各地で前世療法の普及に向けた講演活動を行っています。また、ワイス夫妻は毎年2回、ニューヨーク郊外で5日間の前世療法プロフェッショナルトレーニングを開催しており、毎年世界中から300名ほどが参加しています。
 
ワイス博士はオプラ・ウィンフリー(米国の女性で最も影響力を持つとされるトークショーのパーソナリティ)のテレビショウなどにも定期的に出演して前世療法の普及に努めています。